『筥迫工房』のブログ 筥迫の作り方と材料の販売 筥迫!箱迫!箱セコ!ハコセコ!はこせこ! 管理人:Rom筥
今回はとてもレアな白無垢のお引きずり姿をトップ画像に使わせていただきます。
教室に通われているEITOMANさんから、お嬢さまの結婚披露宴の際の画像をご提供いただきました(感謝)。
昨年末、改訂版の「婚礼用和装小物の作り方」を発売いたしましたが、表紙解説では近代の婚礼で筥迫が使われ始めたきっかけについて書いています。
筥迫を作り始めた頃から筥迫作りと並行して、なぜ筥迫が婚礼衣装に使われるようになったのかをずっと調べ続けていました。
その間『日本文化と懐中袋物』という講演を2度行い、近代における筥迫と婚礼衣装の関係を、時代背景を含めより深く考察した内容でお話させていただきました。
その3回目として、今月末に(2023.1.28)板橋区の東板橋図書館(最寄駅:板橋区役所前駅)で同じ内容の講演会があります。
こちらは図書館開催なので無料です。
申込開始は1/13からなので、ご興味のある方は直接東板橋図書館にお申し込みください。
和婚の花嫁衣装
最近、婚礼の花嫁衣装について書くことが多くなりました。
実際の結婚式では、身近な知り合いがお姫様に大変身するという夢のような世界感に浸ってしまうので、衣装の細かいところまでは目が行かないものです。
しかし最近はSNSに見知らぬ花嫁の写真が大量に流れてくるおかげで、冷静な目で見ていると、びっくりするような姿が度々目に止まります。
私にとってそのきっかけとなったのは、ある白無垢の花嫁の衝撃の「おからげ姿」でした。
今まで花嫁姿は山ほど見てきたつもりですが、そのほとんどは本に掲載されているような美しいポーズをとった型物写真(いわゆるスタジオで撮るような写真)ばかりだったので、リアルな花嫁姿をまじまじと見ていたわけではなかったように思います。
私自身着物の世界は好きですが、どちらかと言えば「古い日本文化」が好きなのであって、自分自身が着物で着飾ることにはとんと執着がありません。
そんな私が花嫁の着付けにダメ出しをするなんて大変おこがましいこととは思うのですが、どっぷりその世界に浸かっていないからこそ見えることもあると思うので、今回は率直に感じたことを書いてみたいと思います。(ちなみに遥か昔の私の結婚式はウェディングドレス一着のみだったので、お引きずり体験をしたことは一度もありません)
「お引きずり」「褄取り」「おからげ」
和装の花嫁が着用する、白無垢、打ち掛け、引き振袖は、いずれも裾を引きずる独特のスタイルです。
ウェディングドレスでもびっくりするぐらい長いトレーンを引いたものがありますし、古今東西、人生最大の通過儀礼には実用から思いっきりかけ離れた衣装を着てこそハレの日が実感できるのですね。
白無垢も打ち掛けも「お引きずり」が本来のスタイルですが、例えレンタル衣装であっても、土足で歩く人と同じフロアで高価な衣装を引きずるなんてことは考えられないので、ポーズを取ることが決められた場所以外、裾は常にたくしあげた状態でいなければなりません。
そのためのスタイルが、いわゆる「褄取り(つまどり)」や「おからげ(または掻取)」といったものなのですが、打ち掛けを着たのに出来合った写真を見たらお引きずりの写真が一枚もなかった!なんて話がネットにありましたっけ。
もし披露宴会場で裾の処理をしてくれる人(介添人、アテンド、着付師)がいないとすれば、せっかくの打ち掛けであってもからげたままにするしかないのでしょうね。
「褄取り」や「おからげ」姿の別は、こちらのAiderさんのサイトで詳しく解説されているので以下ご参照ください。
ということで、今回の画像のように披露宴会場にお引きずり姿で入場することがどんなに珍しいことかがわかっていただけたかと思いますが、これはEITOMANさんがお嬢さんために仕立てた白無垢だからなのです。
和裁をされている方でもなかなか白無垢まで仕立てられるチャンスはないと思いますが、そこに白無垢の余り裂で筥迫と懐剣まで作ってしまうのですから、お見事としか言いようがありません。
EITOMANさんの当時のブログ内容はこちらからどうぞ。
上記ブログを書いた約3年前はこの画像に目が行かなかったのですが、最近教室で「褄取り」や「おからげ」の話題を頻繁に出すようになったところ、EITOMANさんから「うちの娘は白無垢をお引きずりしたから〜」という話になり、改めて写真を見せていただいたところ、本当に会場でお引きずりで歩いていてびっくりしたという次第です。
どうやら和裁の先生に、自分で仕立てた白無垢なんだからお引きにしてみては?と言われたとか。
それにしてもフキのボリュームの立派なこと!
東京の某有名式場で行われたそうですが、白無垢のお引きずり姿に式場中の介添人が見に来ていたとおっしゃっていました(笑)。
「打ち掛け」と「掻取(かいどり)」は同義で、武家では「打ち掛け」、公家では「掻取」と呼んでいました。
打ち掛けはかなりの重さがあるため、前を合わせて右側で専用のコーリンベルトで止め付けています。
重さがあるのでそうしないと脱げやすいようで。
以前ブログで「大奥のドラマでは打ち掛けを前でちょこんと持って引きずって歩いているのに、なんでこんな巻きつけるような着せ方をするのか」などと書いたような記憶がありますが、よっぽど打ち掛けを着慣れていない限り、そんな持ち方はできないようで、これは私が無知でした。ごめんなさい(汗)。
こちらの綿帽子はEITOMANさんのオリジナルだそうです。
和装の婚礼衣装は重い!
ウェディングドレスの重量が3〜4kgとすると、打ち掛けは5〜10kgだそうで、そこにカツラなんぞが加わると+1kgが頭に乗るそうです。
故エリザベス女王が通常付けられていた「大英帝国王冠」が約1kgらしいので、文金高島田のカツラをつける方はどうぞ女王の気分を味わってください(ちなみに戴冠式に使われる「聖エドワード王冠」は2.23kg!)。
ウェディングドレスはトレーンを腕に掛けてしまえばダンスだって踊れますが、和装の花嫁衣装はそんなに軽やかに動けるものではありません。
昔ながらの「褄取り(つまどり)」スタイルは、いかにもザ・花嫁!という感じでとても美しいと思うのですが、実際には打ち掛けと掛下を片手だけで持ち続けるので、花嫁はこの重量を耐え忍ばなければなりません。
教室のE・Sさんは当時を思い出して「打ち掛けが重かった思い出しかない」そうです(苦笑)。
そんなこともあり、専用の「おからげ紐」というものを使って裾をたくしあげる「おからげ(掻取)」スタイルが最近は主流のようです。
おからげしてしまえば花嫁の手はあの裾の重みから解き放たれ、両手はフリーになります。
しかしそれにより私が目にしてしまったのが衝撃のおからげ姿でした。
コーリンベルトを奥まで見えるほど大きく手を広げ、それによりおはしょりをしているのに帯がないという姿に見えてしまうんですが(着付けの途中?)、更に裾をやたらと短くからげた白無垢ということもあり、私にはそれが花嫁衣装というよりは割烹着にしか見えなかったんですね。
せめて手を前にしてくれていれば、それほど違和感は感じなかったとは思うのですが、、、。
コロナで花嫁は自由になった?
花嫁の頭から重いカツラが取り外され、おからげによって褄取りから解き放たれた花嫁たちが、あらゆるポーズでSNS上を賑わせています。
自由に手を広げ、時にジャンプするわ足はあげるわ。
それによって丸見えになったコーリンベルトが、私にはブラの紐が見えているような気持ちになってしまうのです。
それでも少し前まではちらっと見えてしまうぐらいだったのに、今ではコーリンベルトが見えるのは何も恥ずかしいことではないかのように動きのある美しいポーズを取っている。
相変わらずコロナは続いているものの、最近はやっと結婚式を挙げるカップルが増えてきました。
しかしこのコロナ禍で大規模な結婚式が避けられるようになった反面、スタジオ写真館やフリーのカメラマンたちは大忙しだったようです。
多くの写真館がレンタル衣装をするようになったとも聞きました。
和装の花嫁を撮ることに関してはプロだった式場のカメラマンに変わり、一般人を対象にしていたカメラマンが花嫁写真に移行したことにより、和装の花嫁は洋装のポーズをするようになったのかもしれません。
花嫁たちの楽しそうな様子を見ると、コーリンベルトが見えてしまうのも、中途半端な割烹着姿に見えてしまうのも、あれはボロが見えているというよりは、コロナを打ち破るような自由というエネルギーが見えていると見なすべきなのか。
ジャラジャラとびら簪や飾り房がついた筥迫は大人しくしてこそ胸元に落ち着いていますが、花嫁が動き回っていたら簡単に落っこちゃいますから、筥迫から本来の小物たちが取り外されてしまったのも時代の流れなんでしょう。
筥迫の「巾着」は本来筥迫が落ちないように襟の中深く落とし込むストッパーの役割がありますが、これまで花嫁は七五三のように動き回らないから、巾着は出したければ出していいんじゃないですか?と言っていました。
でも今後は七五三と同じく花嫁にも「絶対巾着は中に入れましょう!」と言わねばならないのかもしれません(愚)。
TikTokでも、すでに打ち掛け姿の花嫁ダンスなどが出ていたりするんでしょうか(見たことないけど)。
成人式
そういえば昨日は成人式でした。
池袋あたりまで出れば、たくさんの振袖姿のお嬢さんたちを見ることはできたかと思いますが、私は地元にしかいなかったので一人の振袖さんに出会っただけでした。
ほぼ金髪の髪を結い上げて、お着物はかなりの古典柄。
きっとママ振りなんだろうなと微笑ましく見ていましたが、一緒に歩いていた彼氏がジーパンにパーカーのラフなジャケットだったので、「正装の彼女をエスコートするならスーツぐらい着てあげなさいよ」とおばさんは思ってしまうのですが、これこそが20歳をやっと過ぎた初々しさなのかと萌えさえ感じてしまうのでした。
そして今成人式が終わったばかりだというのに、成人式のために作ります!という方からの筥迫材料の注文が何人か続きました。
どうやら来年の成人式に向けて、お母様方が今から筥迫作りに奮闘されるようです。
いいねぇ。
是非がんばっていただきたいです。
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『婚礼用和装小物の作り方(改訂3版)』発売いたしました!
今回は「子供用の懐剣」にも対応しております。
前版から2ページ増えて「14ページ(内型紙3枚)」という内容です。
けっこう頑張った内容にしています(笑)。
一応2023年版にしているので、先行販売ということで、新規購入の方は割引価格(10%OFF)です。
以前、こちらの教本を購入履歴のある方は、更にお得な30%OFFです。
どちらも2023年3月以降は定価になりますので、この機会にご購入いただければ幸いです。
ご注文はこちらからどうぞ! ▶︎婚礼用和装小物の作り方(第3版)
PDFデータの販売
実はこの婚礼用和装小物は、以前より部分的に「この内容だけほしい」という方がいらっしゃいました。
確かに筥迫は一冊丸ごと購入しないと作れませんが、婚礼用小物は丸絎けだけほしい、抱え帯だけ作りたい、筥迫に末広房だけ作りたいという場合があります。
そのようなことから、こちらは前版を購入された方で部分的に改訂版欲しいという方のために、PDFデータにて販売させていただきます。
改訂内容は以下の通りです。
そして、この項目毎にデータで購入できます。
懐剣袋の作り方
前版の「縫い」の作り方から、「貼り込み(糊で貼る)の作り方に変更になっています。
筥迫を作った後なら容易に作ることができ、失敗がありません。
「型芯」(中に入れる厚紙)も新しい形になっています。
型紙3枚付き(貼り合わせて、大人用、子供用1枚ずつ)
丸絎けの作り方
これまでの「持ち手芯」を縢る作り方とは違い、ミシンで縫った後に「毛糸」を通す作り方に変更になりました。
毛糸の方が柔らかく結びやすいと思います。
礼装着物以外でも作れるように、太さの対応表もあります。
房紐の取り付け方
撚り房の取り付け方から結びまでを解説しています。
「菊結び(楔形)」は今まで通りですが、取り付け方の最後の紐の始末を少し変更しています。
「鱗結び」は結びをして長さを測ってから、房を取り付けるやり方に変更しているので、確実に長さ調整ができます。
※懐剣用「切り房」の作り方のPDFデータはありません。教本をご購入ください。
末広房の結び方
これまでは入っていなかった末広の飾り結びの作り方を追加しました。
撚り房、切り房に対応しています。
基本的には筥迫の飾り結びを長くしたものですが、正確なサイズ指定をしています。
中央の菊結びを「蝶々結び」にしたものも多いので、この結びも入れています。
蝶々結びは子供の筥迫にも多く使われます。
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最近入手した写真です。
カードとして撮影されたものなので、実際の結婚式というわけではないと思いますが、衣装としては華族とか豊商レベルのものではないかと思います。
初めは「三襲」か?との意見もありましたが、襟の下がり具合からこれは「掻取」ではないかという話になりました。
※三襲(みつがさね):白・赤・黒の三枚を重ねて着る花嫁衣装。
※掻取(かいどり):武家で言うところの打掛けは公家では掻取という。
そして何より筥迫が江戸型!
びら簪の下り金具も小さく、私が唯一持っている江戸型を1/3ぐらいに縮小した「箱襠型」に組み合わされたびら簪以外で見たことがないので、その希少性から明治期あたりと考えます。
掻取(打掛け)
明治維新以降は、上記のような極一部の階級に残るだけで筥迫も掻取も一時姿を消しますが、筥迫は明治後期に復活し、瞬く間に花嫁衣装のアイコンとなっていきます。
しかしこの掻取が筥迫ほどの支持を持って花嫁衣装に復活するのは、筥迫からずっと遅れて戦後の貸衣装が主流となってからです。
もちろんその掻取も突然現れたわけではなく、徐々に婚礼衣装に取り入れられるようになったのですが、それがいつ頃からなのか、また何がきっかけなのかずっと疑問に思っていました。
その答えとなる背景が幸田文の「きもの」にありました。
和物好きであれば読んでいる人も多いのではないでしょうか。
そして私が「細雪」に出てくるとばかり思っていたくだりが、実はこの「きもの」にあることをその時知りました(苦)。
それは主人公「るつ子」の姉の婚礼衣装を決めるときの様子です。
式にはおかいどりが着たい、というのが姉の希望だった。
そんなものは普通のうちでは着ない。
身分のいい人とか、よほどお金持ちとかは着るが、なみの家では着ようという気さえおきない、特別かけはなれた衣装である。
もし姉がそれを着たとすれば、親類はじめ誰もがびっくりするだろうし、驚いたあとは悪口をいわれるに決まっている。
身のほど知らずの跳ね上がりもの、と。
るつ子も中の姉も、最初にそう聞いた時には、びっくりした。
中の姉などはひええと目をみはって、あとはげらげら笑いだした。
その後、姉は父に話を切り出します。
「なぜかいどりなんぞ着たいんだね?」
「なぜだなんてー誰だって着たいわ。」
「誰だってというのは誰のことだ?」
「みんなよ。どこの女の子も、おかいどりは着たいのよ。」
物語はこの数年後に関東大震災(大正12年)を迎えるという時代です。(ところで「ひええ」ってこの時代も普通に使われていたのね)
特別掛け離れた衣装であっても、この時代の女子が掻取(打ち掛け)に憧れていたということは、彼女らの思いが戦後の打ち掛けや懐剣(貸衣装)登場につながったのだということですね。
この「特別掛け離れた」というのは、花嫁衣装の歴史を語る上でのキーワードでもあります。
つまりそれこそが「ハレの日(非日常)」にふさわしいということで婚礼衣装に取り入れられるようになったのです。
(比較的新しい伝統です)
その掻取、懐剣、筥迫の中で、筥迫がいち早く受け入れられたのは、小さい割に目につきやすく、他の物に比べ価格的にも即取り入れやすかったことは想像に難くないでしょう。
結局父に反対されて、姉の婚礼衣装は「黒い振袖」と「藤色の色直し」に決まりました。
筥迫場面はほんのちょこっとだけ。
いつの間にか助手が、着るばかりに振袖の用意をしたという。
おばあさんが、その用意があまり手順よくみごとだから、ちょっと見ておいたらどうか、といいに来た。
行ってみた。足袋からはこせこまで、ものがみな縦長にきちんと整理されていた。
掻取を親に買わせるため、妹たちも巻き込もうとする姉に反発していたるつ子ですが、最終的に父が選んだ胸に散らした千羽鶴と裾に青々と老松をあしらったその振袖は、自分の時はこのお下がりでいいと思えるほどのものでした。
震災で全ての財産を失った後、るつ子の結婚が決まります。
しかし震災直後の姉との諍いから、この振袖は貸さないと言われてしまいます。
そのような状況で父は必死にるつ子の婚礼費用をかき集めるのですが、るつ子は父の愛人である「その」に婚礼衣装の相談をします。
限られた費用で誂えたその婚礼衣装がまた見事でした。
白一色に装ったるつ子は、雪のようにふんわりと花嫁の座にいた。
かつて上の姉の結婚のとき、姉の頬に紅を刷いて、花嫁に際立った生彩を添えたるつ子は、自分の神前の式の間じゅうは紅をよせつけない白い顔でいた。
きものの白羽二重に勝つ白さだった。
それは母親譲りの雪国の肌理が、おしろいの下で微妙な光沢を放つもののようだった。
こればかりは容色自慢の上の姉といえども、うらやましがる皮膚だった。
今時の白無垢なんて、掛下に色柄物を使うなんて当たり前になってきましたけどねぇ(遠い目)。
然し、披露になるとるつ子は自分から、紅刷毛をとって頬にもこめかみにも、色を加えた。
角隠しを取り去って、紅い疋田(ひった)の色直しに着換えたるつ子は、引立ってみえた。
疋田を選んだのは、そのの意見である。
疋田は絞りではなく、染めなのだった。
染めはずっと安い。
絞りに及ばないことは遠いが、会場ばえもするし、かわいい。
それにるつ子は父の負担を気にして安価にという注文をつけたからである。
手絞りに摺り箔を置き刺繍を入れたのも疋田、ただの染めへ、裾に青竹の切り嵌めを貼ったのも疋田。
上京してきた新郎側の親戚たちは、雪から金魚かほおずきのように変わった、華やかな花嫁におどろきの声をあげていた。
そこまで凝るんだったら筥迫描写ぐらい入れておくれよと思いましたが、予算ないし筥迫なんて入れなかったんでしょうね。仕方ないか、、、。
この物語は着物をからめてるつ子の人生が展開していくのですが、震災後に着るものにも事欠いたときにおばあさんが放った言葉が何とも印象的です。
一生のうちにはね、覚悟して着る着物というのがある。
たとえば婚礼の着物がそうだ、まともな女なら心にけじめをつけて着る。
カッコいい。
毎日、新型コロナウィルスの話題ばかりで心がめげる毎日です。
人が集まる楽しみもお預けになったこんな時だからこそ、家で心を落ち着けてこんな本を読んでみてはいかがでしょうか。
▼筥迫工房の講習会
▼筥迫掲示板
筥迫工房の教本や自慢の細工物を、皆さん自身で披露できる掲示板です。写真のアップロードが簡単になりました(一回の投稿で6枚掲載可)。丹誠込めて作った筥迫を大勢の人に見てもらいしましょう!
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そのような場合も、こちらからご連絡ください。
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江戸時代中期には、切腹自体も形式的なものとなり、四方に短刀でなく扇子を置き、その扇子に手をかけようとした瞬間に介錯人が首を落とすという方法が一般的になる(扇腹、扇子腹)。ということがあったので、時代が経つにつれ、扇子=刀といったイメージに代わっていったのかもしれません。