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秋乃ろーざさんと江戸時代の筥迫

守り巾着第二弾をアップしようと思っていたところ、あまりにも綺麗な画像が届いたので、今回はこちらを優先してご紹介したいと思います。

こちらはご存知の方も多いかと思いますが『秋乃ろーざ』さんです。

ろーざさんが懐中されている筥迫は正真正銘、江戸時代の筥迫なんですよ、すごくない?

それも同じ時代のびら簪付き!

当時のびら簪はこんなに大きく、下りもやたらと長かったんです。

江戸時代の筥迫は美術館などで見る機会はありますが、びら簪はあまり出てきません。

美術館が江戸時代の筥迫に近代サイズのびら簪を合わせているのを見ると、それ違うからやめて!と言いたくなります。

近代のものとは間違えようもないほど、時代の物とはあまりにも大きさが違うからです。

そもそも筥迫がこんなに大きいのですから、びら簪だってそれに比例して大きくなければバランスが取れません。

画像だと筥迫もびら簪もそこまで大きく見えないですけどね。

 

こちらの画像の方が筥迫の大きさがわかりやすいかな?

写真も美しいですが、ろーざさんのような方が着物を着て、見たこともないような奇妙な装身具を懐中した姿は、ちょっと現実離れした雰囲気があります。(森の中に閉ざされたお姫様みたい!)

 

当時の筥迫は正装をする際に付ける物だったので、実際はこれにボリュームのある「打掛」を着用していましたが、それがどれだけ威厳に満ちた姿だったか、この画像から想像してみてくださいね。

大奥ではこのような筥迫を身につけることができたのは「お目見得以上」ですが、詳しくはその中の「中臈(ちゅうろう)以上」といわれています。

つまり極限られた上位の人々であって、一目でその位がわかるという出立ちです。

テレビドラマで使われている筥迫なんて、将軍の正室であろうとも薄っぺらな(胴締めさえ付いていない)ただの紙入れを懐中しています。

お目見得以上でそんな紙入れを懐中していたら、一目で「格下」ということがわかります。

私はね、江戸時代の筥迫は相手を威嚇するための道具だと思っているんですよ。

風俗博物館の「箱迫」の解説にも「一種の威儀具のような贅沢品へと紙入を脱皮させた」とあります。

威儀具というのは権力を誇示するために使う道具のことなので、今時の婚礼サイトで説明されているような化粧ポーチなんて生優しいものなんかじゃないってことです。

こんな筥迫を付けて怖い顔をした人が目の前から歩いて来たら、反射的に平伏してしまいそうだと思いませんか?

 

しかしこのように派手派手しいびら簪は、大奥では「軽薄」といって用いられませんでした。

つまりこのびら簪の出所は、江戸城下の武家屋敷に住んでいた各藩大名家の姫君たちの持ち物ということになります。

大名家とは私ら格が違うの!と示したいがために、篤姫の筥迫は懐中できないほどの大きさにして差別化を図ったようです。

でも実際は羨ましかったんじゃないでしょうかね、だってびら簪がついている筥迫の方がずっと素敵だと思いますもの。

 

私がこの画像を見て何よりびっくりしたのは、江戸時代に作られたこの大きな筥迫を、現代で実際に懐中しようなどと試みる人がいたということです。

現代で着物好きな人たちは襟元を絶対に崩したくない!という人がほとんどなので、近代の筥迫の厚みでさえ許容されずに筥迫は薄く小さくなるばかりです。

最近はこれが極まり、花嫁さんの筥迫からその象徴ともいうべき胴締め(+巾着)が取り払われ、小さな紙入れが花嫁の胸元に鎮座しているのが現実です。

 

しかしそんな私でさえ、この4〜5cmもの厚みがある筥迫を現代の着物に懐中しよう(させてみよう)なんて発想すらなかったです。

日本という国で子供の頃から自然に植え付けられた、着物とはこうあるべきという認知バイアスから免れることはできなかったようです(汗)。

多分、母国の違うろーざさんだからこそ、そんなバイアスにとらわれない発想ができたのだなとしみじみ思いました。

もちろん現代の花嫁さんがこんな大きな筥迫を懐中したら、花婿さんは上下(かみしも)ぐらいのスタイルにしないとバランスが取れそうもないので(笑)、せめて近代の本式筥迫を身につけて、胸元を立派に飾ることが美しいという価値観に立ち戻って欲しいです。

それにしても、ろーざさんあっぱれです。

今後も懐中物を身につけた美しい画像をInstagramで拡散していただけると嬉しいです。

 

秋乃ろーざさんのInstagramはこちら→ @akinoroza

ブログはこちら→ 秋乃ろーざofficial blog

 

アメリカのマニアックな人たち

ろーざさんとは、数年前に「携帯化粧道具入れ」についてお問い合わせをいただいたことで知り合いになり、このブログでもご紹介させていただきました。

その後もメールで何度かやり取りがあり、いつか直接お会いしてお話ししたいと言われていたまま実現することなく現在に至っていました。

しかし今回ろーざさんがInstagramにこの画像をポストされていたのをきっかけに、急遽工房でお会いする運びとなりました。

そして、Instagramに一緒に写っているアメリカのお友達が来日しているので、「筥迫好き」だから是非連れて行きたいということでご紹介いただいたのがこちらのベッキーさんです。(アメリカ人の筥迫好きってどーゆうこと??)

お二人はアメリカの、日本の着物文化好きな人が集まるSNSのグループで知り合ったそうで、着物の「胴抜き」について議論しあうような、なんでアメリカ人がそんな言葉知っているの?というようなやたらマニアック人々の集まりに属しているようです。

 

そして、今回の筥迫に付けられた「びら簪」こそベッキーさんのコレクションだったということで、このびら簪を工房にも持ってきてくださいました。(筥迫はろーざさん所有のもの)

私自身、この時代の筥迫びら簪を触ったのは初めてだったのでとても嬉しかったです。

現代のびら簪が下にちょっと映り込んでいいるので何となく対比がおわかりになるかと思いますが、こちらは平打ち部分が約4x5cm、足の部分が約12cm、下りの鎖部分が金具を含めて16cmという大きさです。

対して現代のびら簪は、平打ち部分が直径約3cm、足の部分だけで約7.5cm、下りの鎖部分がびらびら金具を含めて9cmです。

日本人でさえ見る機会のない江戸時代の筥迫びら簪を、なぜにアメリカの方が持っているのか謎すぎますが、これはベッキーさんのご主人からお誕生日にプレゼントされたものなのだそうです。(そんなダンナ様羨ましすぎる)

下りの金具も色が違ったり、形が違ったりが可愛い♡

 

ベッキーさんと蘇った花嫁衣装のこと

ベッキーさんは、アメリカで入手した日本の古い着物の復元をされている方なのだそうです。

彼女のブログには着物のクリーニングや汚れの除去、金彩と顔料の交換、縫製と修理、という内容が書かれていました。

 

ろーざさんの通訳を介してだったので間違って理解している部分があるかもしれませんが、彼女が修復したという赤い婚礼衣装のお話を書きたいと思います。

ベッキーさんのご主人は日系3世で、この着物はご主人のお祖母様が日本から持ち込んだ花嫁衣装なのだそうです。

こんなに立派な花嫁衣装を用意されたお祖母様のご両親は、どんな思いで娘をアメリカに送り出したのでしょうね。

時は第二次世界大戦、日系人や日本人移民は強制収容所へ収監されることになり、お祖母様はこの花嫁衣装を手放さざるを得なかったそうです。

ベッキーさんはそのお話を聞いて、何とかその着物を取り戻したいと、年月をかけてご主人の家の「家紋」と「白い鳥」を頼りにこの花嫁衣装を見つけ出しました。

広大なアメリカの中から一枚の婚礼衣装を探し出すとは、気の遠くなるようなお話ですね。(あれ?ebay入手と言っていたかな?)

 

やっと出会えたお祖母様の花嫁衣装でしたが、年代物なりのダメージがあり、これを一年以上かけて修復されたそうです。

こちらは鳩のシミ取り。

こちらは金彩(銀)の修復のようです。

薄くなった鳩のお目目も書き足したり刺繍を施したりしたそうです。

すでにお祖母様は亡くなられているそうですが、大事な花嫁衣装が無事取り戻され、更には孫嫁によって美しく見事に蘇ったその姿に、天国からどんなに喜んで見ていることでしょうね。

 

最後はこちらのベッキーさんの着物姿。

刺繍の筥迫に江戸時代の筥迫びら簪を合わせた写真が面白かったので、こちらの画像もお願いしていただきました。

このびら簪の大きさがよくわかるというものです。

さすがに前面部は邪魔だったのか背面部に差し込んでいるようですが、ここには入らないはずなので少し剥がしたのかな?

筥迫を入れた姿を見てアメリカの人には何と言われたのかお聞きしたところ、「そのお財布なに?」だったそうです(笑)。

 

ベッキーさんのInstagramはこちら→ @soulsatzer0

ブログはこちら→ Silk & Bones

 

ろーざさん、ベッキーさん、画像を快く使わせていただき、本当にありがとうございました。

 

 

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お針子会日本刺繍教室作品展 ポストカードプレゼント!  

いよいよ、今週5月13日(金)〜15日(日)に、お針子会刺繍教室作品展が行われます。

残念ながらお天気は悪いようですが、実物の江戸型筥迫、定家文庫をまとめて見ることができる貴重な機会です。

こんなコロナ禍ですが、延期延期でやっと開催される作品展なので、是非足をお運びいただければ幸いです。

 

 

こちらは、作品展に来られた方にお配りしたいと思います。(二種類2枚ずつ)

もう一枚はこちらです。(懐かしの定家文庫!)

 

遠方の方は、筥迫工房のネットショップで注文される際に同梱したいと思います。

ショップ注文の場合は1枚ずつですが、「孔雀の定家文庫」か「白梅江戸型筥迫」のどちらが希望かを備考に書いていただければ同梱させていただきます。

 

私も久々の自作筥迫を作りました。

「肉飾女子」の面目躍如、我が娘の成人式のために作った筥迫なのに、当の本人にはプレッシャーがかかりすぎて敬遠されるという曰く付きの筥迫です(苦笑)。

 

もうね、筥迫に肉入れ刺繍したらホント最強なんですよ。

もう隅々まで、刺繍も仕立ても凝りまくった一品を見ていただきたいです。

 

「これぞ定家文庫!」も出ます。

ポストカードにした江戸型筥迫は「白梅」ですが、実はN.Nさんが「紅梅」で江戸型筥迫を作っています。

ちなみに、意図したわけではありません。

KUIPOコレクションの筥迫の写しで刺繍をしていますが、仕立てをよく知っている人だからこその図案の選び方です。

 

 

こちらは、ここ毎週行われていた「筥迫研究会」。

定家文庫もN.Nさんの江戸型筥迫もここで作られました。

(中央は本物の江戸時代の筥迫です。これをいつか復元したい)

 

江戸型筥迫の最難関は、実は仕立てよりも、この「段ぼかし染め」です。

十年来の悩まされ続けてきた(最近の私はこの染めばかりをやっていた)、江戸型の玉縁まで自作できて、完全に現代に蘇った江戸型筥迫です。

 

教室の人たちも、この筥迫が作りたくて日々精進しています。

どんなに苦労しても作る甲斐がある、素晴らしい日本文化だと思います。

 

 

 

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現在、受付中の講座

婚礼用「筥迫&懐剣」体験講座

定員になり次第、受付終了いたしますので、ご希望の方はお早めにお申し込みください。

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2021新年 江戸型筥迫(開き扉) 〜M.Wさんの作品〜 

皆様、新年明けましておめでとうございます。

本年も筥迫工房をどうぞよろしくお願い申し上げます。

 

さて、2021年初めのブログに何かめでたそうな画像はないものかと探したところ、いつもお世話になっているM.Wさんの『江戸型筥迫』を見つけました。

こちらは去年ご依頼をいただいて作ったもので、許可をいただいたのでありがたく掲載させていただきます。

 

もうなんて可愛い梅柄の江戸型筥迫!めでたさ全開!

 

『江戸型筥迫』と言っているのは、江戸時代に実際に使われていた筥迫と現代の筥迫では大きさが異なるため、これらを区別するために筥迫工房で便宜的に付けた名称です。

 

どのぐらい大きさが違うかは下図をご参照ください。

 

正面からはあまり差がないと思うかもしれませんが、その厚みの違いを知るとびっくりです。

 

 

実際は紙挟み部分はもっとたくさんの懐紙を入れていました(あまりにも分厚くなるので筥迫工房版は狭くしている)。

装飾も高肉のこってりした刺繍をしているので、実際に江戸時代に使われていた筥迫に比べればこれでもかなり薄い方と思います。

 

でも想像してみてください、豪華な打ち掛けにこんなボリュームのある筥迫を懐中していたんですよ。

どんなに立派だったことか!

気位の高い大奥の人たちの自尊心を十分に満たしたことでしょう。

 

現代の着付師さんにこんな物を渡したら卒倒しちゃうでしょうけどねぇ(笑)。

 

 

とにかくその特徴は「全面刺繍」です。

底以外は全て刺繍で埋め尽くしてあります。

江戸時代の筥迫などは、布の地色がわからないぐらい刺繍で埋め尽くされたものが多くあります。

 

 

表3面(被せ、胴締め、被せ下)、裏2面(背、胴締め)の合計5面の柄合わせ(なんてマゾ的!)

柄合わせだけでも大変なのに、刺繍をされる方がどんな厚みの布を使うか、どんな厚みの刺繍をされるかわからないので、その厚みだけで簡単に柄はズレてしまいます。

 

この5面の柄合わせをばっちり揃えるためには、図案の段階で相当のやり取りをする必要があります。

どんなにベテランの刺繍師さんであっても、柄合わせに難が出るような図案にされたり、刺繍の止め位置を正確に守っていただかないと綺麗に仕立てることができません。

 

そんなことから、現在では初めてのお客様から江戸型筥迫や定家文庫のお仕立てを依頼をいただいた場合は、申し訳ありませんがお断りすることにしています。

 

初めはもう少し簡単な仕立てをいくつか発注していただき、お互い気心が知れてから難しいお仕立てを請けることにしているので、最近よく登場するM.Wさんともやっと江戸型筥迫のお仕事が請けられるところまでお互い慣れてきたということになります。(実はこれは二個目)

 

 

 

筥迫のお供「簪差し」

 

こちらは最近江戸型の「お供」として、ご依頼があればお仕立てしているものです。

徳川美術館の図録には「懐中物入れ・簪差し」とあります。

 

本来は二個で一揃いのもので、こちらは簪差しで、お対の物入れ(どこが「物入れ」かわからないような小さな絵本のような紙挟み様のもの)が付きます。

 

これらは基本的に、切嵌(きりばめ)、切り付け、などの厚みのない装飾が施されたものなので、これを刺繍で作ろうとすると厚みが出てしまうので、とりあえず単体でお作りすることにしています。

 

多分このように挟んだと思われます。

 

筥迫を装着する際は簪は筥迫の天面に差し込むので、この簪差しに簪を収める時は、筥迫から外したときの保管用なのかもしれません。

 

江戸時代の飾り房はもっと凝った結びをしていますが、今回は現代版と同じものでどうかご容赦を(いつか挑戦します)。

 

 

現代版筥迫を展示目的で使うとわかっているときは、筥迫と揃いの「懐剣」を作ることをお勧めしています。

 

小さい筥迫単体で展示するよりも、揃いの懐剣があるとないとでは作品としてのインパクトはまるで違うからです。

 

懐剣にボリュームがあるのは房のみで、筥迫の刺繍に比べて刺繍範囲はほんのワンポイントしかありません。

作業的には少しの手間で効果絶大というものです。

 

それと同じことで、江戸型筥迫にもこんな小道具を付けると展示に絶大な効果があるのではないかと考えています。

 

まぁ江戸時代の人は展示するなんて考えもしていなかったこととは思いますが、そこは現代人的な見せたい文化ということで(苦笑)。

 

 

 

江戸型筥迫(開き扉)

 

今回は久々の「開き扉型」をご依頼いただきました。

 

開き扉の中作りはかなり凝っているため、正直仕立てのお値段は一ツ口よりもかなりお高めです。

刺繍メインのお仕立てで中作りまでお金をかける方は少ないので、久々に開き扉型のお仕立てをすることができました。

 

基本的に江戸型筥迫の中作りは単純な「一ツ口」です。

しかし高位の女性たちは、思い思いに凝った内容で職人に仕立てさせたと言います。

(奥女中の中にはものすごい仕掛けを自分で作ってしまう人もいたようで、いつの時代もそんな人はいるものですね)

 

ほとんどは道具を差し込むような作りだったようですが、私ならこんなデザインにしたい!と思って作ったオリジナルの意匠物です。

 

それでは中を開けていきましょう。

 

まずは「胴締め」を外します。(あ、向きが逆だ、、、汗)

 

次に「被せ」を開きます。

被せと被せ下は柄合わせされています。

 

更に「被せ下」を開いたところで、ここに鏡を付けてみました。

 

江戸型筥迫の時代は鏡は埋め込みにしませんでした。

なぜなら江戸時代はまだガラス鏡はなく「銅鏡」だったため、鏡は単体で差し込んで使いました。

 

しかし現代の人は筥迫といえば埋め込み式の鏡を見慣れているため、鏡がないと必ず「鏡を付けて」と言われるます。

現代人の需要に合った江戸型筥迫ということで、このデザインには鏡を付けています。

 

本来の筥迫は内布に柄物を使いませんが、私は思いっきり柄物を使うことにしています。

それには刺繍の雰囲気を壊さない布選びが大事なので、コレクションしている大量の古裂から刺繍のイメージに合ったものを選び出します。

これは古い錦紗の布を使ったので傷や汚れが多く、それらを除きつつギリギリで使い切ることが出来ました。

 

ご依頼いただいた方が出来上がった筥迫を初めて開いたときに「うわ〜っ♡」と喜びを感じてもらえるよう、絵本的展開を考えながら作るようにしています。

 

 

これは中蓋を両サイドに開くような作りになっています。

 

今回は次々とお花が開いていくような、そんなイメージにしてみました。

 

右上のぷっくりした楕円は「針刺し」です。

何で「鏡」と「針刺し」と思うかもしれませんが、女持ちの懐中物はよく針刺しが付いていて、化粧道具も裁縫道具も何でも必要なものを入れたので、そんなイメージで作った型です。

 

この針刺しの付いた部分もまた蓋になっています。

ここに「糸切りハサミ」や指貫なんぞも揃いで入れると超可愛いです。

 

 

江戸型は厚みもありますし、現代では実用にすることはないので、それならば中は好きなだけ凝った作りにして楽しんでみるのもまた良いかなと思います。

 

私はいつかこの型で「引き出し型」なんかも作ってみたい。

中にはミニチュアのおままごとセットなんか入れてみたいの。

こんな筥迫におままごとセットなんて入っていたら、おばさんだって絶対遊んじゃう!(笑)。

 

 

江戸時代に実用として使われていた筥迫ですが、現代の筥迫は完全に形骸化したものとなってしまいました。

それでも懐中できるようには作られていますし、特定の儀式になくてはならない特別なアイコンです。

 

しかし江戸型筥迫はさすがにこの大きさでは懐中はできません。

これだけ全面的に刺繍が施されていたら、他に代用して使うこともできないでしょう。

 

それならば「飾り物」と割り切り、表は凝りに凝った装飾、中作りは思いっきり遊んだ作りにして楽しんでみる。

工芸的な遊び道具というのが私が考えるところの現代版江戸型筥迫なのです。

 

 

 

実は昨年秋にお針子会の刺繍教室が行われるはずでした。

それがコロナのため延期となってしまいました。

全国でそのような事態に陥った刺繍教室は多いかと思います。

 

この筥迫はその作品展に展示するはずだったようです。

今後、これまでのように作品展が行えるのはいつになることでしょうね。

残念なことですが、せっかくの力作筥迫なのでブログで多くの方にこの作品を見ていただくことはM.Wさんの喜びにもなると思います。

 

M.Wさん、ありがとうございました。

 

 

 

 

筥迫工房の画像をピンタレストにまとめました。

過去にブログに掲載された画像を一覧で見ることができます。

画像をクリックすると当時の記事にリンクします。

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江戸型筥迫 『開き蓋針山付筥迫』 2013.12


仕立て:江戸型筥迫(開き蓋、針山付)、挟み玉縁、平面仕立(製作:Rom筥)
装 飾:切り付け、金糸貼付け
表 布:留袖端切れ
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前回のKUIPO資料館の見学会が終わった後にオフ会を行いました。
その時に、軽い気持ちで「自分の作品等(筥迫以外でも)を持ち寄りましょう!」とお声を掛けたのですが、さて自分は何を持って行けばいいかと考えたとき、かなり悩んでしまいました。

筥迫だけは山ほどありますが、いざ人様にお見せできるものはというと数は限られます。
ワークショップ参加者も多く、その際にも参考用の筥迫をかなり持って行ったのでネタはすでに尽きている、、、。
そうだ、今回見に行くのは江戸時代に使われていた大型の筥迫で、このタイプは以前、刺繍作家の武部由紀子さんに依頼されて作ったことがあります。
あの時はかなり試作を繰り返したし、手順書も詳しく残っています。
よし!久々にこの江戸型筥迫を作ろう、と思い立ちました。

しかし時はすでに見学会3日前。
あのとき作った筥迫を思い出しつつ大急ぎで作りました。
焦って作ったのであまりいい出来とは言えないのですが、今年は色々なことがあって新作筥迫はあまり作れなかったし、今年最後のおなぐさみということで、これをアップさせていただくことにしました。


素材は留袖です。
駒取り刺繍が随所にされている留袖でしたが、かなり派手にダメージを受けていたため、タダのような価格で仕入れた材料でした。
留袖の場合、メイン部分の柄を通常サイズの筥迫(約120×70cm)に使うには大きすぎる場合が多いので、実は柄出しが難しい。
そんなワケで今まで使えずに眠っていた材料でした。

武部さんからご依頼を受けた際も、通常の筥迫では「作品」にしづらいので、昔のあの大きいサイズの筥迫(約170×80mm)を作ってほしいと言われました。
たしかにこのぐらいの大きさがあると表現がしやすいし、何より装飾のし甲斐があります。


正面の三つ折り部分を開いたところです。
赤なので、かなりハレーション起こしていて見づらいですが 。


鏡を立てて見るためには、クルリと180度返して使います。
内蓋に鏡、被せに段口、そして中央には観音開きの蓋が付きます。


蓋を開くと、4つの仕切りに左下には更に片開き蓋を付け、その蓋部分は針山になっています。
そう、この筥迫は裁縫道具を入れるための仕様になっているのです(今考えれば、裁縫道具入れになぜ鏡が必要?)。



江戸時代の筥迫の内部というのは、美術館などではなかなかお目にかかれません。
しかし昔の文献によると、

(前略)之れを被くに矢張紙入と同じく一半は形箱(箱の口は内方に向ふ)の如く作り(中略)一半は縮緬物等にて花形杯の挿込みを数處に縫ひ付け之れに七つ道具といふを挿す
七つ道具は錐、簪、挟、小刀、楊子、尺、型付なり
又た箱の中には紅、紅筆、懐中鏡、薬入れなどを蔵す
   引用:『千代田城大奥』(永島今四郎/太田贇雄 編)明治25年発行

とあるように、けっこう色々な物を内蔵できる仕組みになっているんですね。
これを直に確認したくて、こっそり見せていただいたことがあります。
しかし実際には差し込みなどのようなものはなく、上部に口がある箱に、そのまま被せがかかるという単純な構造でした。
今回の筥迫のように、筥迫自体に鏡がつくというのは、この時代は外出用とされていたとの記述があります。
実際に大奥で使われた筥迫には、鏡は単体で箱の部分に入れるものでしたので、この単純な形が本来の筥迫なのかもしれません。


しかしある方から、どこかの美術館でこのように蓋が付いたものを見たことがあると聞いたことがあります。
私のコレクションにも筥迫型の小さな薬入れ(琴爪入れ?)があり、同じように三つ折れ観音開きになっているものがあります。
筥迫は特注で作らせたものですし、たぶん中にはこんな複雑な仕様のものもあったのではないかと思い、今回創作してみた次第です。
後ろには紙挟みが付きます。
この頃はこのように単純に懐紙を挟んでいました(千鳥掛けよりずっと実用的)。


背側も切り付けで柄出ししています。
最近切り付けを多用するようになったので、段々と装飾の幅が広がってきました。

この大きさになると、打ち紐は八印以上を使います。
緒締は珊瑚の8mm玉。
巾着もかなり大きいです。
結びは通常の二重叶結びにしましたが、昔は一重の大きめの叶結びが使われることが多かったようです。

ちなみに、びら簪を挿すとこんな感じになります。

おお〜、びら簪を挿すだけで筥迫がワンランクアップします。
このびら簪は銀製のアンティークでずっしりとした重さのあるものです。
今時の軽いびら簪ではこの重厚感は出ません。



こんな大型の筥迫なんて使い道がないし、作っても飾っておくだけ、、、と思われるかもしれませんが、山部分に紐を通せばこんなクラッチバッグとして使うことができそうです。
この場合、巾着の紐は胴締めにくっつくぐらいに短くした方がバランス良し。
それこそ匂い袋として使うといいかもしれませんね。


今回の筥迫は、当初、中の仕様を化粧道具入れにしようと思っていたのですが、蓋の中にまた蓋があり、、、という秘密めいた構造に負けて裁縫道具入れになってしまいました。
でもバッグとして使うなら、やはり中は化粧道具入れにした方が実用的ですね。
紙挟み部分を扇襠にすれば、ハンカチや小さなお財布ぐらいは入りそうです。

この江戸型は中の仕様に色々と工夫ができるので、小さな引き出しを作りたいだとか、ミニチュアのおままごとセットを入れてみたいだとか、際限なく妄想をかき立てられます。
来年は、また別の形を作ってみたいと思います。



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江戸型筥迫 武部さんの作品 その後

 先日のブログで「第47回 日本伝統工芸染織展」のご案内をさせていただきましたが、そこで展示されていた刺繍作家 武部由紀子さんの江戸型筥迫が、東京:日本橋三越本店の展示会でめでたくお買い上げいただいたそうです。

ということで、これから京都、岡山、福岡、の展示会で回る予定でしたが、残念ながらそちらの会場では見ることができません。
こちらのブログで宣伝した手前、見に行く予定を立てていた方には大変申し訳ありません。
ただ、けっこうなお値段で出されていたので、それだけの価値を認めてくださる方がいらっしゃったということに、私としてはとてもうれしく思いました(刺繍の価値が大半だとは思いますが)。

展示会が終わった後に武部さんのブログで江戸型筥迫を公開していただく予定でしたが、それもできないことになり残念です。
代わりといっては何ですが、近いうちに同じ形の物を作ってこちらにアップしますね。
私も江戸型筥迫用の刺繍をしていますので、そちらもいつかアップします(つたない刺繍ですが)。

江戸型筥迫 展示会情報

日本刺繍「工房オム」の武部由紀子さんから、筥迫工房でお仕立てをした筥迫の展示のご案内をいただきましたので、ご紹介させていただきます。



「第47回 日本伝統工芸染織展」に武部さんの作品が展示されるそうです(筥迫は併設の「小品展」にて展示)。

武部さんは大阪在住の刺繍作家さんで、ご自身でも筥迫を作られてきましたが、今回の展示品には筥迫工房にお仕立ての依頼をいただきました。
しかし依頼されたのは「江戸型筥迫」でした。
今まで通常サイズの筥迫のお仕立てはいただいても、まさか江戸型のお仕立てをいただくとは、、、(汗)。


今回の筥迫は、江戸型筥迫『開き蓋針山付筥迫』です。
筥迫は立体表現なので、三つ折りの蓋を開けるごとに顔があり、表の「装飾」に対して、中の「仕様」に凝れるのもまた筥迫の楽しみです。
展示会では装飾メインの展示になるので、筥迫を開いたところをお見せできないのが残念です。
現代に出回る一般的な筥迫(筥迫工房で装飾筥迫と称しているもの)は「簡易筥迫」と呼ばれる物で、表の装飾に重点が置かれているので、中は実用を排した簡略形です。
反対に、実用筥迫は中に重点が置かれているので、様々な仕様があり面白いです(胴締めがないものは、同じ形でも紙入れとされる)。
そしてこの江戸型筥迫は、装飾、仕様とも工夫ができるので、最も作りがいがあります(ただし現代の着物に装着することは不可能)。


日本刺繍をされている方は、お着物や帯、バッグに刺繍をする事がほとんどなので、小さな筥迫はかなり窮屈なキャンバスに感じられるかもしれません。
しかし今回の筥迫は江戸型でかなり大きく、装飾のしがいがあります。
そして、武部さんからいただいた刺繍がすばらしかったので、感化された私は今やたらと刺繍にのめり込んでいます。
こういう情熱は伝染しますね(笑)。

「第47回 日本伝統工芸染織展」での筥迫展示は一点だけだと思いますが(たぶん)、お近くにお住まいの方は足を運ばれてはいかがでしょうか。

5月8日(水)〜5月13日(月) 東京:日本橋三越本店
5月15日(水)〜5月20日(月) 京都:大丸京都店
6月5日(水)〜6月10日(月) 岡山:岡山天満屋
6月19日(水)〜6月24日(月) 福岡:岩田屋本店

展示会後に武部さんのブログ『ぬう 日本刺繍』で作品を紹介してくださるそうなので、そのときはリンクを貼らせていただきますね。
これまで武部さんが制作された日本刺繍の筥迫も何点か掲載されています。


日本中に美しい筥迫をあふれさせたい!という野心を持つ私にとって、このような装飾筥迫を作られる方が増えていくことは本当にうれしいです。
いつか筥迫愛好者総出で筥迫展をしたい!というのが、私の今の一番の夢です。



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江戸時代の筥迫 その2

この箱の中がどのような形状になっているのか、この頃の筥迫を開いた資料がないのでよくわからないのですが、とりあえず、私が集めたアンティーク筥迫の中から、中箱が箱になったものを探し、これを模して作ってみました。
こんな形だったのでしょうかねぇ。



こんなものを胸元に入れて生活する人たちって…と思ってしまいますが、江戸時代の女性を描いた絵を見みますと、どれもこれも襟元はかなりゆるゆるズルズルです。
こんな着こなしなら大きな筥迫を入れることに抵抗がなかったのかもしれませんが、それにしても、この大きさに豪華な装飾を施した筥迫が胸に入っていたら、嫌でも目がいくでしょうねぇ。
もしかしたら、筥迫が歩いているぐらいの存在感だったかもしれません。
所有者の財力、権力をアピールするためには、これ以上はないというぐらいの道具だったと想像できます。
この時代の筥迫を知っていると、時代劇などのピシッとした着付けを、また違った目で見ることができるようになります。

ちなみに、篤姫(13代将軍徳川家定の正室)の筥迫は、初めから置いて使うものとして作られたそうです。
大きさで他の大名家の姫君と格の違いを見せつけたんですね(しかし胸に入れられないほどの厚みのものを筥迫って言うんでしょうかねぇ?)。

では、この厚みの筥迫を現代の人が胸に入れるとどうなるのか?
いい画像があります。
中村福助オフィシャルブログ
どうしたって襟元崩れてしまいます。
これでも紙入れの部分は薄いし、江戸時代のものより全体的に小ぶりの気がしますが、まぁ本物のあの厚みと大きさじゃ、お芝居に集中できないというものです。

「江戸の手わざ ーちゃんとした人、ちゃんとした物ー(文化出版局)」という本で、江戸袋物職人の幸岩久男さんが(この方は袋物全般のスペシャリストです)、
「女形の筥迫も胸がない分、厚みをつけるの。舞台では目立たないとね」とおっしゃっていたのを思い出しました。



なるほど、それで歌舞伎の筥迫は、江戸時代のものに近い箱形なんですね。
しかしこれだけ面積があると、装飾のしがいがありますねぇ。
いつか本格的に装飾を施したものを作ってみたいです。

世の中が沈みがちながらも、少しずつ平常の生活を取り戻したこの頃ですが、気分的にはなかなか元の精神状態には戻れません。
作りかけの婚礼用和装小物の作り方(教本)と、十三参り用の筥迫刺繍をやらなければと思いつつ、ため息ばかりでどうしても手が進みませんでした。
何か気分を変えるきっかけを作らなければ、、、というときに、この中村福助さんのブログを見つけました。
そして、今まで全く手をつけていなかった、新しい筥迫(元は古いですが)を作りたくなりました。
あくまで試作ですが、おかげでなんだかちょっと抜けたような気がします。

江戸時代の筥迫 その1 〜Rom筥作品11-3〜

こんな筥迫を作ってみました。
いつもと形が違うような、でもなんとなく見たことがあるような…と思われる方も多いかと思いますが、これは江戸時代の筥迫を再現したものです。



横:約17cm、縦:約8cm、幅:3.5cm。
これまでの筥迫を見慣れた目には、なんとも存在感ありすぎの大きさです。
緒締め(ビーズ)がなければ、自立してなお安定感のある厚みです。
アンティークの大きめのびら簪を挿してみましたが、簪挿しがなくたってそのまま本体に挿し込めちゃいます。

これが現代の手持ちで使う和装バッグの原型になったわけですが、ちょっと手を添えてみましょう。
自分で撮影しているのでちょっと変なアングルですが、もう少し大きければ、そのままバッグと言ってもおかしくないような雰囲気です(ちなみに私の手は小さめです)。



バックの襠の蛇腹にあたるところが完全に箱の形をしているので、これが筥迫が「箱」たる所以でしょうか。



筥迫は江戸中期から後期頃にかけて最も隆盛を極めました。
特に江戸での流行は、御殿女中でもお目見え以上、上級の武家女性、庶民であれば豪商などの極限られた婦人しか持てない特上級の装身具として発展しました。
しかし、江戸城明け渡しと共に大奥が終焉を迎え、同時に江戸勤番の大名や武士たちも国元へ引き揚げてしまったことから、上得意客を失った筥迫は、維新後、急速に姿を消していったものと思われます。
しかし明治も30年代になると、欧米化を押し進めた社会の反動として元禄文化などにみる復古調ブームが起こり、それまで消え去っていた筥迫が再び大流行をしました。

筥迫が大きいということは、内箱にも必要なものがしっかり入りますし、充分な紙が収納できるので、かなり実用的だったでしょう。
その筥迫を小さくするということは、筥迫が少しずつ実用を離れていったことに他なりません。
今日では、その1cm強ほどの厚みでさえ余分なものとして、花嫁用の筥迫ではびっくりするほど薄いものを見ることがあります。

その頃の筥迫に関する記述によりますと「維新前のものに比し、五分の一ほどにちぢめた」ものだったそうです。
こうして現代のものと比べてみると、五分の一は大げさすぎる気がしますが、江戸のものがあまりにも大きかったので、あまりにも小さく見えたのかもしれませんね(それとも、もっと小さかったのだろうか…)。



長くなりそうなので、続きはまた次回に、、。
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