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2019.7 『武士の娘』杉本鉞子/著
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    今日は珍しく小説のご紹介です。

     

    すでに読んだことある!という方も多いかと思いますが、『武士の娘』は著者の杉本鉞子(えつこ)の自伝でもあり、その当時のアメリカで出版されベストセラーになったという驚くべき一冊です。

    (訳者あとがきには「自伝ではない」と書いてありますが細かいことはさておき)

     

    日本人が書いた小説がアメリカで翻訳されベストセラーになったのではなく、アメリカ在住の日本人が英語で書いた小説が当時のアメリカ(1923年:大正12年)でベストセラーになり、それが逆輸入で日本語訳されたということです。

     

    杉本鉞子は、1873年(明治6年)、越後長岡藩の家老の家に生まれ、武士の娘として厳格に育てられた。

    結婚によりアメリカに住むようになり(中略)今日に通じる女性の行き方を見る上にも、当時の風俗や生活のありさまを知るためにも、高い価値を持つ。(内容紹介より)

     

    子供の頃の鉞子は、純日本的な価値観を持つ武士の娘として育てられ、前半はその生活が実に細かい描写で書かれています。

    現代の私たちから見ても、これがアメリカでベストセラーになるなんて、単語の一つ一つや情緒的な表現でさえ日本感満載なのに、英語でこれをどう表現するのか?多くのアメリカ人がこれを理解して共感したということが実に不思議です。

     

     

    この本を知ったのは、私の古くからの友達であるTちゃんから「筥迫が出てくるシーンがあるから是非読んでみて!」と言われたことがきっかけでした。

     

    件のシーンは鉞子の姉が嫁ぐ日にあります。

    先月ブログにも書きました「筥迫に見る日本の紅白文化」にまつわるシーンもありますので、まずはここからご紹介します。

     

    その日は朝から髪結いさんが見えて、美しい高島田にゆう上げ、厚い化粧を致しましてから、白無垢をつけさせました。

    これは、結婚ということが、里方の家に死ぬことを意味するからでございます。

    また下着に赤いものを着けますが、これは今回に新しく誕生するという意味なのでございます。

     

    白無垢と赤の関係はこれではっきりと説明されていますね。

     

    そしてこの後にお目当の筥迫のシーンが出てきます。

    ちなみにここでは「筥迫」でなく「函迫」の字が当てられています。

     

    花嫁の駕籠が玄関に参りますと、一家のものは揃って仏間に集まりました。

    嫁してこの家を離れ、他家の人となる姉は、ご先祖においとまごいを致しました。

    深く頭をたれた姉の傍に、にじりよった母は、美しい函迫(はこせこ)をさしだしました。

    それは松竹梅の模様をちりばめた美しいもので、祖母の手になったものでした。

    それから母は戦いに出で立つ武士のように雄々しく新しい生涯に立ち向かうようにと、おきまりの門出の言葉をいいきかせ、次いで「毎日、この鏡をごらんなさい。もし心に我儘や勝気があれば、必ず顔に表れるものです。

    よっくごらんなさい。

    松のように強く、竹のようにもの柔かに素直で、しかも雪に咲きほこる梅のように、女の操をお守りなさい」と申しました。

    この時程に母が感激していたのをみたこともございませんが、姉は厚化粧のかげに、表情のすべてをかくして、唯、人形のように見えるばかりなのも哀れでございました。

     

    Rom筥的には、母君にこうも言って欲しかった。

     

    よっくごらんなさい。

    鏡を見た後の函迫はこのようにセットするのですよ。

     

    なんちゃって(笑)。

     

    しかしここで

    それは松竹梅の模様をちりばめた美しいもので、祖母の手になったものでした。

    の一節が目を引きます。

     

    一瞬お祖母さまが筥迫を仕立てたのか?と思ってしまいましたが、落ち着いて考えれば「手になった」のはきっと刺繍の方だろうと考えられます。

    しかしそれじゃ一体誰がこの筥迫を仕立てたのだ?ということがRom筥的には非常に気に掛かるのです。

     

    鉞子が明治6年生まれなので、お祖母さまは確実に維新前(江戸)の生まれのはずです。

    維新後に筥迫は、お役御免で歴史の舞台から姿を消した空白の20〜30年があるのですが、この空白期にまだ残っていた職人を頼って作らせたのか??

    しかしここは今でいう長野という土地であり、そんなところにこの時代、筥迫を作る職人がいたのか?

    それとも鉞子が会ったことのない「江戸のお祖母さま」(島津家の奥女中として名誉ある地位を得ていた)が一枚絡んでいるのか?

    それより何より、これは江戸型なのか、維新後の新型(現代の筥迫サイズ)なのか??

     

    そんなことが気になって気になって、なかなか先に進めませんでした(笑)。

     

    しかし残念なことに、鉞子の結婚式のシーンでは筥迫は登場せず、お祖母さまももう一つぐらい作っておいてくれればよかったのにと鉞子に成り代わりちょっと不満なRom筥でした。

     

     

    皆様も、小説のどこかに筥迫のシーンが出てくるものがありましたら是非ご紹介くださいね。

     

    その時はまたRom筥的妄想をこのブログで存分に繰り広げて見せましょうぞ(笑)。

     

     

     

     

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    【2019.07.28 Sunday 00:05】 author : Rom筥
    | 筥迫あれこれ | comments(6) | trackbacks(0) | - | - |
    この記事に関するコメント
    著者の鉞子が明治6年生まれだと、姉の嫁入りは多分明治20年〜25年頃、とすると、たしかにこの頃は東京ではまだ筥迫(東小町)の再ブームはまだ起こっていないはずです…。お祖母様は維新前に島津家(薩摩?)の奥女中として名誉ある地位を得ていた…、このおうちは長野の旧家…。この時代はまだ百貨店の通信販売が始まる前なので東京の大学流行が伝わるのには相当時間がかかる可能性が…、ということは、ここで言われている筥迫は江戸型の名残であるかもしれません?!

    というのは、とある大名華族の新婦が明治30年代の結婚写真で懐中していた筥迫が江戸型だったのを思い出したからです。
    明治の婦人雑誌にはたいてい上流の貴婦人・令嬢の口絵写真(和館写真館にあるような)があり、結婚写真では皇族華族含めてほぼ全員筥迫を懐中していますが、ほとんどが維新後の型。この江戸型筥迫をしていた新婦が何家の誰、まではメモしなかったのですが、旧地方大名の華族だった記憶が。
    明治30年代までは田舎の貴婦人は、「明治の復古主義」ではなく、江戸の名残をひきづっているケースがあるのかも、と、思い至りました。どうなのでしょうか。もし違うご見解あれば是非。
    | NN | 2019/08/19 3:44 PM |
    >とある大名華族の新婦が明治30年代の結婚写真

    多分これですね。
    一橋徳川伯爵家 徳川宗敬 妻 幹子
    http://easthall.blog.jp/search?q=%E4%B8%80%E6%A9%8B%E5%BE%B3%E5%B7%9D%E4%BC%AF%E7%88%B5%E5%AE%B6
    (それにしても直球写真館が更新されている!)

    鉞子の姉が婚礼までにこの筥迫を見たのであれば安心ですが、
    もしこの時初めて見たとしたら
    「えっ?これ懐中するの?」と内心思ったことでしょうねぇ(笑)。
    | Rom筥 | 2019/08/19 9:07 PM |
    ありがとうございます。
    私の見たのは、おすべらかしではなかったので、違う人だったと思います。つまり、まだ明治の結婚式で江戸型筥迫を懐中していた人は他にもいるかもしれない、ということですね!
    それは家に伝わったものだったのか、袋物屋がまだ江戸型筥迫を仕立てていた、ということなのか。
    | NN | 2019/08/19 11:49 PM |
    明治の初めなら職人さんは確実にいたんじゃないでしょうかねぇ。
    もしその時の職人さんが没しても、その弟子とかが仕事を見ていたならまだ作れたでしょうし。
    風前の灯ぐらいの存在だったのでしょうが。
    NNさんの見かけた画像もいつか見てみたいですねぇ。
    | Rom筥 | 2019/08/19 11:55 PM |
    私が読んでいる「武士の娘」ですが、新訳だからてすかね?「筥迫」になってました。文章も微妙に違うようですね。
    https://www.amazon.co.jp/%E6%96%B0%E8%A8%B3-%E6%AD%A6%E5%A3%AB%E3%81%AE%E5%A8%98-%E6%9D%89%E6%9C%AC-%E9%89%9E%E5%AD%90/dp/4569827780/ref=sr_1_4?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&keywords=%E6%AD%A6%E5%A3%AB%E3%81%AE%E5%A8%98&qid=1566350869&s=books&sr=1-4
    | T.I | 2019/08/21 10:28 AM |
    2016年の新訳、小坂恵理さん版ですね。
    私が読んだのは、大岩美代さん版です。
    https://www.amazon.co.jp/%E6%AD%A6%E5%A3%AB%E3%81%AE%E5%A8%98-%E3%81%A1%E3%81%8F%E3%81%BE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E6%9D%89%E6%9C%AC-%E9%89%9E%E5%AD%90/dp/4480027823/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&keywords=%E6%AD%A6%E5%A3%AB%E3%81%AE%E5%A8%98&qid=1566350869&s=books&sr=1-1

    日本人が英語で書いた内容を、時代が違う訳者で読んで時代の違いを感じるのも面白いかもですね。
    | Rom筥 | 2019/08/21 10:31 AM |
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