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NHK土曜ドラマ『みおつくし料理帖スペシャル』
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    先週12月14日にNHK総合テレビで「みおつくし料理帖スペシャル」前編が放映されました。

    ご覧になった方も多かったのではないでしょうか。

     

    このスペシャル放映が始まる前に2017年に放映された「みおつくし料理帖」のダイジェスト版が放映されていたのですが、初っ端からこんな興味深い場面が出てきました。

     

    無性に突っ込みたくなったので、今回はこちらをご紹介させていただきます。

     

     

    さぁこの画像の間違い探しをしてください。

    右の清右衛門先生(チコちゃんの木村祐一)のスタイルに注目。

     

     

    提げ物として「煙草入」をつけているあたり、そのキャラクターを表す小道具使いとして好感が持てますが、2人して信玄袋を手に提げているのは、、、。

     

    なぜなら、このような「信玄袋」が作られたのは明治維新以降。

    つまり江戸時代まで日本人には手に提げて袋を持つという文化はない。

    (巾着系は舞子さんがやるように抱えて持つのが定石)

     

    このあたりは「日本嚢物史」(井戸文人著:大正8年発行)の「手提物」の項に詳しく書いてあります。

     

    我が国の人は古来手に提げる物を持つということは殆どなかったのであります。

    然るに漸く明治初年頃から此の風習を見る様になりましたので、したがって沿革として述べるほどの材料も少ないのでありますけれども、近来に至っては男女共に之が全く実際の上から必携用品となったのでありますから、その流行の変遷記憶を辿って述べます。

     

    まず手提の用い初めは維新前後にありましたが、当時は僅か一部の愛好者の所持しましたものでありました。

    早い頃の手提物材料は古代帛、鹿革、または軟らかい印伝革の類で、角の挟みゴキと称する緒締めを用いてこれに打ち紐を通し、その紐で提げるようにしたのでありました。

    これを信玄袋と称えました。

    これが明治初年に於ける手提物の最初とも云うべき者であります。

     

    このように、我が国初の手提げ袋とされる信玄袋が維新を機に出現したことは明らかなので、冒頭画像のように2人が揃って何のてらいもなく信玄袋を手にしている姿なんてありえないということ。

     

    どのぐらいありえないかといえば、主人公の澪は「享和2年(1802年)の水害で両親を亡くし〜」とあるので、1853年のペリーが黒船に乗ってやってくる50年ほども前のことであり、鞄を手に下げた人間(西洋人)を見たこともないぐらいの時代です。

     

    日本人自身が手提げを持つ姿がみられるのが、それから更に10年後の明治維新(1868年)。

    それさえも長い間「手に袋を持つ」文化がなかった日本では、新し物好きだけに好まれたファッションだったようです。

     

    前に述べました信玄袋というのが、手提として最初に流行はしましたが、若い人たちは殆ど用いません様でありました。

    (中略)

    その後明治三十年前後に至て婦人用として復した信玄袋が復活されて来まして金蘭繻珍更紗の類で造りましたものが大に流行いたしました。(日本嚢物史)

     

    「日本嚢物史」は大正8年に発行されたものなので、上の文で著者の井戸が「沿革に書くほどでもない」と言っているのは、信玄袋でさえ「つい最近流行り出したもの」という認識でしょう。

     

    いうなれば信玄袋は、日本固有の特徴を持った西洋的趣向の袋物という感じだと思います。

     

    改めて冒頭の二人の様子に戻ります(画像再挿入)。

    現代人には江戸人がこのようなスタイルで道を闊歩する様子に何も違和感は感じないでしょう。

     

     

    しかし澪が生きた時代に嚢物をこんな使い方をしていたらと考えると、例えば右の狐の面を持ったお兄さんには、着物にリュックを背負ったぐらい「頭のおかしいヤツら」に見えたでしょうねぇ。

    (見れば見るほどそんな目つきにしか見えなくなる)

     

    ビジュアル的にこんなコーディネート(脇差+煙草入+信玄袋)がまかり通る時代があるとすれば、それは維新前後から廃刀令が公布される明治9年までの相当短い期間ということになります。

     

     

    なるほど絵巻物や浮世絵のなかの人物は、たいていは手には杖をもつくらいで、荷物といえるようなものはみな背負っているようだ。

    小さなものはふところか袂(たもと)に入れ、あるいは帯に結ぶか、ひっかけるかして提げていた。

    金財布などはふところに突っこんでいるのがふつうだったから、まさに懐中ものだった。

    女性は幅のひろい帯のあいだにはさんだ。

    手にものを提げて歩く、というのは小さなことだが、明治のはじめには、これも新時代のスタイルだったことになる。(近代日本の身装文化)

     

    このように日本人が和装から洋装になる大変化の影には、「日本人が手提げを持つようになった!」という文化的大事件が隠されていたのですね。

    その後の袋物の第二次変化としては、日本でハンドバックが爆発的大流行するのは「関東大震災(大正12年)」がきっかけだそうです。

    袋物が好きな私たちだからこそ知っているウンチクとして、どうぞ周りの人たちに自慢してください(笑)。

     

     

     

    そんな小道具使いの違いを楽しみつつ時代劇を見るのも楽しいものです。

    でも世間一般によくいる「ここ違う!」と怒りながら時代劇を見る人にならないでくださいね。

    ただでさえ最近は時代劇が少なくなってきているのですから。

     

     

    ちなみに原作の方はこれまで発売されたシリーズ全10作が累計400万部を超えるヒットを記録しているそうです。

    私は読んでいませんが、先日工房で一緒に仕事をしていたA.Yさん曰く「小松原さまはもっと凛々しい」そうです。

     

    2012年版は北川景子、今年映画化される方は松本穂香が演じるそうですが、私は黒木華ちゃん&森山未来のキャスティングは最高過ぎると思うんだけどなぁ(前編切なかった、、、)。

     

    見ていなかった方はこんなのもあるようです。

     

     

    「みおつくし料理帖スペシャル」の後編は明日放映ですが、見逃した方は後日前後編まとめて再放送されるそうですよ。

     

    NHK総合午後9:00 12月21日後編

    NHK土曜ドラマ「みおつくし料理帳スペシャル」

     

     

     

     

     

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    【2019.12.20 Friday 10:08】 author : Rom筥
    | その他の袋物 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
    この記事に関するコメント
    このシリーズ大好きで、新刊が出るのを待ち待ち読んだものでした。いまは完結。この小説に出てくる舞台が勤務先の近くなので、休日に職場の友人と場面巡りのウォーキングツアーをしたくらい。
    清右衛門さん(木村祐一)の写真で私が気になったのは、煙草入れです。この手のごっつい前金具や根付のついたもの(叺も布でなく皮かも?)は、大工頭や鳶などいわゆる勇み肌が使ったものなので、清右衛門さんには合ってないのではないかな、と思いました。
    また、モデルとなった滝沢馬琴は没落武士ではありますが、戯作者になった時は町人なので、脇差さして歩くということがあったのでしょうか?
    お武家、戯作者のいずれにしても、勇み肌の煙草入れとは合わなくなってくるのかな、と思いました。
    違うよ、などの異論があればお聞きしたいです。
    | NN | 2019/12/21 10:04 AM |
    時代劇なので流石に刀の使用については時代考証の人が衣装付けしているのではないかと思いますが(清右衛門先生の脇差は名字帯刀とか?)、ごっつい前金具や根付はその手の人が使っていたものなどの煙草入れに特化した衣装付けまではされていないかもしれませんね。(私も煙草入れには詳しくないのでそれは知らないし)
    そういう意味では、信玄袋は衣装付けではなく、現代人の感覚で無意識で用いたような気がします。
    いずれにせよ、これらを同時に持つのはあまりにもジャラジャラしすぎて粋じゃない。
    杉浦日向子さんが存命ならお聞きしたいところですねぇ。
    | Rom筥 | 2019/12/21 10:59 AM |
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